大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和41年(ネ)995号 判決

控訴人

山中文男

他一名

右両名訴訟代理人

小野塚久太郎

被控訴人

長谷川誠也

右法定代理人親権者父

長谷川誠市

同母

長谷川良子

被控訴人

長谷川誠市

被控訴人

長谷川良子

右訴訟代理人

鍵尾丞治

主文

原判決中、被控訴人誠市に関する部分を左のとおり変更する。

控訴人らは各自被控訴人誠市に対し金八〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三九年一〇月一八日から完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人誠市のその余の請求を棄却する。

被控訴人誠也及び被控訴人良子に対する本件控訴を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じ、控訴人らの負担とする。

事   実≪省略≫

理由

一、本件事故発生の経過につき、当裁判所の到達した事実認定及びこれに基づく法律上の判断は、原判決の説示するところと同一であるから、この点に関する原判決理由(編註、後記引用部(一))を引用する。

二、次に、被控訴人らの蒙つた損害の額について判断する。

(一)  財産上の損害の点に関する原判決挙示の証拠<省略>に、<各証拠>を綜合すると、原審が認定したとおり原判決九枚目―記録一七丁―表八行目から同一〇枚目裏九行目まで、但し、そのうち(E)については、後記のとおり訂正する。)、誠市は、誠也の治療のため、(A)医療費五〇八、二一〇円、(B)物品購入費七、〇九〇円、(C)営養品等購入費一三、五〇〇円、(D)付添人費用二〇、九六〇円、(F)謝礼七、一一〇円、(G)弁護士に対する着手金三〇、〇〇〇円を支出し、またはこれに相当する財産上の損害を蒙つたものと認められる。なお、被控訴人は(E)交通費として一三、七九〇円を請求しているが、そのうち(二)の一、〇〇〇円については、九六〇円の支出をしたものと認め、損害額を一三、七五〇円と認定する。

(二)  次に、慰藉料の請求について判断する。この点については、原判決理由(編註、後記引用部(二))を引用するほか、当審における被控訴人誠市本人の供述によつて認められる、誠也は受傷以前に較べて根気がなくなり、記憶力が薄れ、学業成績も落ちたことを付加する。そして以上の事実によれば、被控訴人誠也が重大な精神上の苦痛をうけたことは云うまでもないし、被控訴人誠市、同良子はその両親として本件事故のため、誠也が生命を害されたときにも比肩すべき精神上の苦痛を受けたものというべきである。よつて本件事故の状況、その他諸般の事情を斟酌し、被控訴人らがうけるべき慰藉料の額は各自金五〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。

(三)  被控訴人らが、自動車損害賠償責任保険による損害賠償金として三〇〇、〇〇〇円を受領したことは、その自認するところである。これに対しては、被控訴人らの損害のうちいずれに充当されたかについて、何らの資料もないので被控訴人の主張に従い、被控訴人ら各自の損害のうちに按分して充当されたものと認めるほかはない。そうとすれば、被控訴人誠市は九四三、四三四円(円以下切捨て、以下同じ)、被控訴人誠也及び良子は各四二八、五九二円の損害賠償請求権を有することゝなる。

(四)  控訴人の過失相殺の主張について判断する。被控訴人は、先ず、誠也には責任能力がないから、過失責任を負わないと主張するが、民法七二二条二項により被害者の過失を斟酌するには、被害者たる未成年者が、事理を弁識するに足る知能を具えていれば足りるものと解すべきところ、前判示のごとく誠也は小学校一年生として学業成績もよかつたというのであるから、その程度の知能を具えていたものと認められるので、右主張は採用しない。被控訴人は、さらに、誠也には過失がなかつたと主張するが、<証拠略>によれば、誠也は、学校からの帰途、横断歩道によらず、信号待ちの車の間を抜け横断しようとしてセンターラインを越えるに当り、反対方向から来る車に注意しなかつたことが認められるので、誠也に過失がなかつたとは云えない。したがつて、損害の額については過失相殺をすべきであるが、誠也の年令その他の事情を考慮するときは、これによつて斟酌すべき額は、僅少にとゞめ、ほゞ一五パーセントにあたる額を控除すれば足るものと認める。

三、そうとすれば、原判決が控訴人らは各自被控訴人誠市に対しては、八〇〇、〇〇〇円、被控訴人誠也、同良子に対しては、各三〇〇、〇〇〇円及びそれぞれ右金額に対する昭和三九年一〇月一八日から完済まで年五分の割合による損害を賠償する義務があると認めた範囲においては、相当であるが、被控訴人誠市に対しこれを超過する金額の請求を認容した部分は失当として取消を免れない。したがつて、本件控訴は、被控訴人誠市に対する関係において一部理由があり、原判決はこれを変更すべきであるが、被控訴人良子、同誠也に対する控訴は、その理由がなく、これを棄却すべきである。よつて、訴訟費用の負担につき、民訴法九六条、八九条、九三条、九二条但書を各適用し、主文のとおり判決する。(三渕乾太郎 園部秀信 村岡二郎)

〔原判決引用部(一)〕

被告文男が昭和三九年一〇月一七日午前一一時三〇分頃、被告林造所有の大型貨物自動車(いすず六二年式ダンプカー栃一せ一五三号)を運転して、通称日光街道(四号国道)を越谷方面から東京方面に向け進行中、草加市瀬崎町一、七七六番地先(一、七四五番地交差点とあるは誤記と認める。)に差しかかつたこと及び同所において被告文男の運転する車が原告誠也と接触したことは当事者間に争いのないところである。

<証拠略>を綜合すると、右接触地点附近にありては、当時下り方向は信号待ちの車が長い列を作つてのろのろ運転をしていたが、上り方向は車が少なかつたので、被告文男としては徐行して前方を注視し、下りの車の間から横断しようとして飛び出す子供等の歩行者との接触事故を避けるため、安全な速度と方法で運転すべき業務上の注意義務があるに拘らず、時速三〇粁位で漠然進行を続けたため原告誠也が、下りの車の背後から、被告文男の車の前に飛び出したことに気付かなかつた許りか、原告誠也を轢いたことも全く知らず、助手席にいた被告林造に注意されて始めて停車させ原告誠也が意識を失つて倒れているのを知つたことが認めることができ、この認定を左右するに足る証拠はない。

されば、被告文男は前方不注視等の過失により前記事故を惹起したものというべく、被告林造は自己のため前記自動車を運行の用に供する者である(弁論の全趣旨により認められる)から、被告等は各自前記事故により原告等の蒙つた損害を賠償すべき義務があるといわなければならない。

〔引用部(二)〕

<証拠略>を綜合すると、原告誠也は前記事故により脳挫傷頭部右下腿部挫傷の傷害を負い、意識不明の儘和知外科医院に入院、昭和三九年一一月二日東京医科歯科大学附属病院に意識回復しない儘転入院、その間四回も危篤状態に陥りながら、漸く事故四〇日後に奇蹟的に意識回復、昭和四〇年一月三〇日一応退院したが、現在も左半身は全く麻痺し、左手の動作が十分でなく、左足はびつこで歩行困難、左目じりに奇形、のど部に手術痕が生々しく残つていること、原告誠市は昭和二五年原告良子と婚姻して二男一女を儲け(誠也は末子)肩書住居において従業員二名を使いプレス加工業を営み、月収は約一〇万円であること、原告誠也は学業成績も良く手先が器用であつたので両親に寵愛され家業の後継者として期待されていたこと及び原告誠市の家業は順調で一家は健康円満であることが認められる。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例